リア充、てへぺろ
今年に入って人から手紙を貰うことが何度かあった。手紙っていいな。今年は手紙を書けるようになろうと思った。「今年は」って、もう4月も下旬だけど。
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拝啓
春光うららかな今日この頃、ますますウノをお楽しみのことと拝察いたします。
こちらは今日も今日とてフジヤカメラのホームページを見ながら電卓を叩いております。
(つづく)
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何のことやら。
この前、調べものをしていたとき、女子中高生ケータイ流行語大賞なるものが出てきた。
金賞:リア充
銀賞:てへぺろ
銅賞:あげぽよ
だそうである。「ごめーん(>_<)間違えちゃった〜許して☆てへぺろ」と書くのかどうか知らないが、なんか軽い。言葉ってそんな軽かったっけ?言葉は変化し続けると言うけれど。
次に記すのは、太宰治の短編小説「清貧譚」からの引用の一部。
「・・・やがて、秋たけなわの頃、才之助の畑の菊も、すべて美事な花が開いたが、どうも、お隣の畑の方がきになって、或る日、そっと覗いてみると、驚いた。いままで見た事もないような大きな花が畑一めんに、咲きそろっている。納屋も小綺麗に修理されていて、さも居心地よさそうなしゃれた構えの家になっている。才之助は、心中おだやかではなかった。菊の花は、あきらかに才之助の負けである。しかも瀟洒(しょうしゃ)な家さえ建てている。きっと菊を売って、大いにお金をもうけたのにちがいない。けしからぬ。こらしめてやろうと、義憤やら嫉妬やら、様々の感情が怪しくごたごた胸をゆすぶり、いたたまらなくなって、ついに生け垣を乗り越え、お隣の庭に闖入(ちんにゅう)してしまったのである。・・・」
「怪しくごたごた胸をゆすぶり」とか「むずむず身悶えしていた」とか、本当にごたごた、むずむずする気持ちが分かる気がするよ。昔の民話やおとぎ話に出てくるような、語り口調が好き。登場人物の喜怒哀楽の感情とか、息づかいとか、その場の情景が想像できる気がする。言葉てのは、こういうものであって欲しい。
リア充とかてへぺろとか、言葉が使い捨てられているみたいで、なんだかなぁ。
いろいろ書いているうちに、何が言いたいのか分からなくなったのだけど、自信を持って手紙を書けるように、日本語を上手に使えるようになりたいと思ったのだった。
ところで電卓を叩いていたというのは、キヤノンの6Dと、EF24〜70ミリ/f2.8レンズと、エプソンのPX5Vの値段を調べていた。先日、内金を払ってきたばかりだ。これからは僕も「デジっ子」だ。大きな買い物だったので、嬉しいというより、小心者なので、なんか気が重い。「僕には使いこなせるか」と諸々の感情が怪しくごたごた胸をゆすぶっている(笑)
※「てへぺろ」とは、何か失敗したときに「てへっ」と笑いながら舌を出すしぐさを表すものだそうです。「あげぽよ」は分かりません。
2013-04-21 23:43
| 日々雑感
| Comments(1)
ずっと先、てへぺろも文学用語として、分かりやすい!と言われるのかもしれないよね!(笑)
by カエル (2013-05-04 07:05)